くるま素材
マガジン vol.5

2023/01/10

電気自動車に不可欠な、バッテリーの「安全性」を考える

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電気自動車(EV)のさらなる普及の鍵を握る重要なパーツであるバッテリー。車載用のリチウムイオン電池(LiB)はコンパクトなサイズながらも高出力のエネルギーを生み出し、EVに適した特性がある一方、可燃性の電解質を含み、万が一の衝突事故のときなどに発火や爆発につながる危険性も指摘されています。本記事では、LiBの安全性をさらに高め、EVの普及促進に貢献する素材・製品開発の重要性について紹介します。

電気自動車(EV)で重要となる「バッテリー周りの安全性」

調査会社である株式会社矢野経済研究所によると2021年の車載用LiB世界市場規模は出荷ベースで前年比120.9%増の371.1GWh(ギガワット時)に達したとされています。EVの普及にともないLiBの出荷も増え続け、2022年には同19.4%増の443.0 GWh、2030年には同43.9%増の1163.0 GWhにまで拡大すると予測されています。

こうした状況の中、LiBには、さらなる特性の向上が求められています。具体的には、コンパクトながら高いエネルギー出力を発揮する高エネルギー密度化、急速充電性能の向上、長寿命化などです。

また、EVのさらなる普及には、一度の充電でどれだけの距離を走行できるかという航続距離をさらに伸ばすこと、EVの車両価格を下げることが大切となることから、LiBの特性を高めることに加えて、低価格、軽量かつ大容量のLiBを量産できる体制の構築も急務とされています。

そして、もうひとつ、車搭用バッテリーとして重要となるのが「安全性」のさらなる向上です。LiBはエネルギー密度が高い優れた電池ですが、可燃性の電解質を含んでいることから発火や爆発の危険性があるのです。

特にEVには高電圧部品が搭載されていることから、事故などによって大きな衝撃・圧力が加わった場合に、発火などの二次的な被害をもたらすことも考えられます。EVの本格的な普及には、バッテリーの安全性の確保がとても重要なのです。

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LiB の世界市場規模推移予測 出典:株式会社矢野経済研究所「車載用リチウムイオン電池世界市場に関する調査(2022年)」(2022年7月28日発表)

電気自動車(EV)のバッテリーはどのような構造なのか

LiBの安全性を高めるための対策を理解するために、まずは、車載用のバッテリーの基本的な構造を知っておきましょう。

セル・モジュール・パック・ケースが基本構成

バッテリーは主に「セル」、「モジュール」、「パック」、「ケース」といったもので構成されています。

まず、セルとは電池の最小単位のことを指し、主に、正極と負極 、正極と負極を分ける多孔質膜などのセパレータ 、その間に封止された電解液で構成されています。正極と負極はそれぞれリチウムイオンを蓄えられるようになっており、このリチウムイオンが電解液の中を通って正極と負極間を移動することで、エネルギーを貯めたり使ったりすることができます。

しかし、単一のセルだけではバッテリーとしての容量が少なく実用的とはいえないため、複数のセルを組み合わせて接続します。これがモジュールです。

そして、さまざまな製品にバッテリーを搭載する際には複数のモジュールを接続して制御しますが、このことをバッテリーのパックと呼びます。なお、ケースとはモジュール化したバッテリーを外側から覆い、衝撃等から保護するための構造部品のことで、金属や樹脂等の難燃性素材を使用することで安全性を確保しています。

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EVバッテリ―構成およびLiBセル内の構造イメージ

バッテリーの安全性を高めるための取り組み

それでは、EVの本格的な普及に向けて、LiBの安全性を高めるためにどういった対策が進められているのでしょうか。世界的に注目されている安全基準と、それを実現するための対策の一例を紹介しましょう。

各国が求めている安全基準

LiBの安全性については、世界各国で基準や考え方が異なるといった問題点がありました。そこで、現在では国連協定規則の「ECE R-100 Part II」で定められた基準をクリアすることが求められています。具体的には以下に示す9項目の試験が課され、電解液漏れや破裂、発火、爆発の兆候がなければ基準をクリアと認定されます。

  1. 輸送振動試験

  2. 熱衝撃・サイクル試験

  3. 衝撃試験

  4. 圧壊試験

  5. 外部短絡試験

  6. 過充電試験

  7. 過放電試験

  8. 過昇温試験

  9. 耐火性試験

上記の安全基準のほか、EV先進国の中国などでは独自の規格も運用されています。例えば、国家標準のGB規格でバッテリーセルが熱的に制御できなくなった場合、5分以内にバッテリーシステムが発火・爆発することがないように、運転者や同乗者などの安全な脱出時間が確保されることが求められています。

安全基準をクリアするために

国連協定規則や中国の国家標準であるGB規格などをクリアするために、EV用のLiBには、セルとモジュール、パック、ケースのそれぞれで、安全対策が施されています。例えば、事故などで強い衝撃を受けた場合でもLiBそのものが破損することがないように、セルとモジュール、パック、ケースのそれぞれで、安全対策が施されています。

具体的には、金属等の補強材料でケース類を設計する機械的手法、バッテリーの過充電や過放電を制御・遮断する機能を持たせるなどのシステム設計上の工夫が施されています。また、EVそのものの構造でも万が一の衝突などのときに衝撃がLiBに直接に伝わらないようにするといった車体のプラットフォーム上の工夫もなされています。更に、可燃性の液状電解質の代わりに安全な固体電解質にする試みも最近の開発の主流になっています。

より安全で高特性なバッテリーを支える素材開発の重要性

また、LiBの安全性の確保では素材開発が重要な役割を果たします。LiBには、高出力・高容量・長寿命といった特性が求められますが、こうした特性と高い安全性を両立するためには、電池用素材の開発と同時にモジュールやパッケージの設計、充電システムなどトータルでのソリューションが重要になります。

さらに、世界的にカーボンニュートラルへの取り組みが求められていることもあり、CO2排出量の削減およびライフサイクル全体における環境負荷を軽減するライフサイクルアセスメント(LCA)の観点を意識した取り組みも不可欠です。

実際に、EUではリチウムイオン電池の生産にリサイクル原材料を使用したり、カーボンフットプリントの算出ルールや有害物質の排出について厳しい規制を設けたりすることが検討されています。また、中国等では、近い将来にLiBの大量廃棄時代が到来することも踏まえ、リサイクルに関する厳しい規制が検討されています。

このような世界各国での動きを受けて、三菱ケミカルグループではEVに用いられるバッテリー用の素材開発に取り組んでいます。

サステナブルな次世代モビリティの実現に向けて

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三菱ケミカルグループでは、サステナブルな次世代モビリティの本格普及に向けて、EV用バッテリーの基本特性と安全性を高める素材開発だけでなく、バッテリーのモジュール化やパッケージ化なども含めたトータルソリューションを提供しています。

具体的にどういった素材・製品を開発しているのか、一例を紹介しましょう。

【電解液】

「ソルライト」は、リチウムイオン二次電池に使用される有機溶媒系電解液で、主溶媒はエチレンカーボネートなどの有機溶媒、電解質はLiPF6などのリチウム塩です。バッテリーに求められる特性に応じた設計によって電池としての性能を最大限に発揮することが可能で、国内外のEVに広く採用されています。

一般的にバッテリーは低温環境下ではパフォーマンスが低下する特性がありますが、ソルライトは低温でも高出力を発揮でき、高温環境下でも優れた安全性を確保します。

さらに、最先端の添加剤技術により、電極を保護しながら高電圧下でのガス発生を抑制して電池容量維持率を向上、電極での副反応を抑制して高電圧下でもサイクル特性が向上することにより長寿命化も期待できます。

【負極材】

三菱ケミカルでは負極材料として、急速充放電に優れた特性の天然黒鉛系(MPG)と高容量で優れた寿命特性を有する人造黒鉛系(ICG)の2種類を提供しています。以下に最新のMPG技術を紹介します。

特許取得済みの革新的な造粒技術により、長寿命かつ急速充放電特性を兼ね備えた負極材が「SF-MPG」です。人造黒鉛系負極材と比較し、製造時のCO2排出量は約50%まで削減することに成功しており、サステナブルな素材のひとつといえます。

  • SCG

「SCG」も特許取得済みの革新的な被覆技術により、初期効率と保存特性に優れた天然黒鉛系材料です。総合化学メーカーとして高い技術力と豊富なノウハウのもと、それらの特性を備えたうえで、製造工程からのCO2排出量を大幅に削減することに成功しました。

【バッテリー熱制御スペーサー部材】

熱マネージメント材料として電池モジュールやパックの安全性を向上する材料の開発も行っています。セルの熱暴走を感知した際に自動的に熱遮断へスイッチングする熱マネージメントモジュールを開発しました。モジュール内のセル間に配置されるスペーサーの熱遮断機能が、複数のセルへの熱伝導を適切に制御します。これにより、バッテリーの熱暴走を抑制し安全性を向上するとともに、定常作動時にはセル間の温度を均一に維持しながら電池の長寿命に貢献します。

【バッテリーハウジング向け軽量化素材】

  • GMT eFR

万が一の事故から運転者や搭乗者を守るためには、難燃性や遮炎性を備えたバッテリーハウジングが求められます。一般的には金属材料がEVのバッテリーケースに用いられていますが、アルミ製でも100Kg近くにもなることがあり、その軽量化は大きな課題です。

「GMT eFR」は、低比重の熱可塑性コンポジット材で、1,000℃以上の火炎に対して5分以上の遮炎性などといったバッテリーケースに要求される安全性を確保した上で、軽量化が可能な素材です。また、電磁波シールド特性などバッテリーハウジングに必要な機能を選択・付与できることも特徴です。

さらに、熱可塑性樹脂がベースであるためリサイクル使用が容易なため、ライフサイクル全体(LCA)での CO2排出削減にも貢献できる強みがあります。

  • 超軽量炭素繊維複合材料

バッテリーは電気自動車(EV)のなかでも特に重量があるパーツであることから、高効率な駆動を実現するためにも軽量化が求められます。三菱ケミカルの「超軽量炭素繊維複合材料(炭素繊維FMC)」は、炭素繊維をエポキシ樹脂で固めた複合材料であり、十分な強度と軽さを兼ね備えています。また、樹脂素材のため成形がしやすいほか、耐熱性や難燃性といった機能を付与できることもメリットのひとつです。


三菱ケミカルグループでは、上記で紹介したバッテリー関連のソリューション以外にも、EV開発に貢献するさまざまな素材・製品を提供しています。これからも実用性と安全性を両立させた上で環境にも優しいバッテリー等のソリューションの実現に貢献する素材や製品の技術開発を通じて、安心・安全なEVのさらなる普及促進に貢献していきます。

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